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#111 暴力へ

「・・・もう ・・・おれ、どうしたらいい?」

「あきらめんな。昨日と今日は別の日だ!」


                             がらす
ユーと僕が、このgia sotto l'arcoへ来たのが9月末。
ここは、プーリア州でランキングNo1のリストランテで、
ミシュラン1つ星の老舗。
イタリア料理界でも人気者の女シェフ テレーザは、
海外での料理大会へも招待されたりする。

ひょんなツテで知り合った前任の日本人コックが店を移ると聞いて
猛烈アタックの後、ここへ来れるようになった。
空き人員は1人だったけど、頼み込んで2人にしてもらった。
家なき子になる寸前だっただけに、奇跡的なことだった。

通常、友達や知合いの2人をいっぺんに雇う事などない。
飲食店の常識的なリスクヘッジとして。
そして、シェフと僕とユーと、僕らより2週間早く来た2歳上の先輩の4人で
厨房をまわしている。ちなみにこの先輩も日本人だ。

僕らの家は、決して快適ではないが、屋根もベッドもあり生きていける上、
家賃も光熱費も要らない。
わずかながらではあるけど、給料ももらえていて僕ら外人には幸運なものだ。
これは貯金を減らさないという意味でも、その効果は大きい。
そして、その家に僕とユーとその先輩の3人で住んでいる。

また、仕事に置いても、プーリアの伝統料理から、アレンジ料理まで
シェフの指導のもとでとても勉強になっている。

セコンドはシェフが、プリモは同居の日本人の先輩が、
アンティパストとパン全部を僕が、ユーはドルチェ、突き出しを担当している。


10月

そもそも最初、ユーはドルチェとパンを担当するはずだった。
けれどもドルチェの仕事が厳しいとなって、僕がパンを担当する事になった。

もう1人の先輩も僕らより2週間ほど早かっただけなので
最初は日本人3人ともバタバタする一ヶ月ぐらいがすぎた。
しかし僕が入院し、帰ってくる頃には、実は状況が一変していた。


11月

ユーへのみなの態度が厳しくなっていた。
何かがあったわけではなくて、どうやら仕事がうまくできていなかったらしい。
しかも1ヶ月たったので、初めてだから仕方ないとも言えなくなって来ている。
新人ばかりで厨房がまだ完全に機能してないっていう、
みんなのストレスもそれに輪をかけた。


でもそれは、僕の目から見てもユーに原因があった。
一生懸命やってるのはわかるんだけど、ちょっとしたうっかりミスや
そそっかしいとこが何度も何度も起きた。
たしかにチームワークを乱していた。


「ドルチェのまな板で、肉をきるな」、3日連続怒られ、最後に先輩の手が出た。
「4枚皿もってこい」そういわれたのに、3枚しか持っていかなかった。
1つの皿に10くらいの副菜やソースを用意するんだけど、それを未だに覚えきれていなかった。

同じ間違いを何度も繰り返し、周りの要求にとっさの対応が全くできていない。
慣れない厨房でのチームワークに必死になるが、なかなかうまくいかない。

語学力も経験も技術はなく、
そしてもう、元気さえもない。

その頃からだった。
その先輩がユーを叱る時に、暴力を振るうようになったのは。

先輩は、シェフが見ているところでは絶対に手を出さなかった。
僕はそれが卑怯だと思った。

ユーは、体育の先生が指導の一環で手を出すソレみたいなのが、
このコックの世界にはあって、これは超えなければいけない壁だと思った。




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majiro

Author:majiro

企画マン まじろー
(写真:右)
 このブログの執筆者
2009/2
 サラリーマン卒業!
2009/5
 フィレンツェでコック修行!
2009/9
 プーリアでコック修行!
2010/4
 ヨーロッパ旅行
 『世界の緑から』へ出発!
2010/5
  帰国。(東京→三重へ)

デザイナー  ユー
(写真:左)


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