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#121 風呂上がりコラム 西洋文化について

ぶんめいかいか1


本でオシャレな家と言えば、たいていモダンなものをさすし
そいつは、きっと西洋もんな気がします。

ところが西洋にてどっぷりと生活をすると、
逆に日本のよさをありありと感じるわけです。

たしかに、和モダンもカッコいいし、
純粋な和風建築や小民家などもいいのですが、
僕はやっぱりこれこそがかっこよさかというのがあります。

明治維新。そしてその後の西洋文化の輸入、つまり文明開化という奴ですな。
おそらくここからが、西洋の輸入が本格的に始まった分岐点でしょう。

そん時に、畳の上に西洋のイスというものをおいて、
「これがハイカラじゃ」と言った袴の殿方や
羽織袴にブーツを履いて
「これが西洋式じゃ」といった人の風流こそ、オシャレだねぇなんて感じます。

江戸の日本文化のなかに、とにかくがむしゃらに海外の輸入文化をとりこんだ、
むちゃした感じがいいじゃないですか粋なもんで。

まちがいだらけの西洋式なのに、それでも先取りしようなんて
それこそ風流な人の発想だなと、はたはたと頭をたれる思いで床につきます。

おやすみなさい。

(おわり)

人気ブログランキングへ いやいやまったくなんていう話ではないので
 とくに気にせず、読み流してくださいな(・ε・)
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#120 Matera ~世界遺産 マテーラ~

      wallpaper78B.jpg


   せっかくイタリアに行くんだし、
      PCのデスクトップもイタリアにでもしとくか。



そう思っていつの頃か、僕のPCのデスクトップとなったこの街の壁紙。
右上にMATERAとあるけど、もちろんそんな町は知らなかった。

その町が、ここプーリアの隣のバジリカータ州にあると知ったのはごくごく最近で、
さらにお店も突然の不定休があり、いろんな事に一段楽したタイミングだったので、
頭でも整理するか、こうぐちゃぐちゃしていてはダメだ、と思い、旅に出た。


         IMG_1168.jpg

~ 世界遺産 Matera (マテーラ)

この町は南イタリアらしい町の1つで、ちょうど長靴のツチフマズのあたりに位置し、
今では世界的に洞窟住居で有名になり、1993年、ついに世界遺産になった。

この町で有名なサッソ(sasso:岸壁)と呼ばれる洞窟住居が世界遺産になるなんて
どのくらいキレイなんだろうと、ヴェネツィアへいくかのような心持ちで向かった。

4時間後、駅に着いてすぐのところに、町が一望できる展望スポットがあった。


IMG_1144.jpg ■展望エリアから
 写真ではあまり
 伝わらないかもしれないけど
 特にはキレイじゃない。

 というよりもゴチャゴチャ
 してる。。。

 黒ずんだ石の壁に
 はがれ落ちた屋根や
 人が住んでいるのかわからない
 廃屋のような並び。

 これほんとに
 世界遺産なの?


 小雨がぱらつく天気のせいか
 はてはこっちの気分のせいかな
 と思いながらも、一番有名な
 サッソへ向かう事にする。

 そこに行けば、きっと。。


IMG_1154.jpg ■サッソ バリサーノ
  (Sasso Barisano)

 2つあるサッソ地区のうちの1つ。

 これはこれで雰囲気はあるんだけども
 そんなにさっきとかわらない。

 そもそもこの町がなぜ洞窟に
 住みだしたのかというと、
 ひとえに貧しかったからだ。

 岸壁に穴を掘って暮らす生活は
 13世紀には始まっていたらしい。

 しかし驚くべきは、その生活が
 現代まで続いている事だ。

 1960年代には電気もガスもなく
 ただただ不衛生なこの生活は
 “イタリアの恥”とよばれ、
 乳児死亡率は50%を超す。


比較的貧しいとされる南イタリアのさらに貧しさの象徴となり、
住民は強制移住となってからは廃墟と化し、政府の後押しによる世界遺産登録で
ようやく住民が戻り始めたらしい。
 
そんな歴史の事を考えながら、もうひとつのサッソへ向かう事にした。

   IMG_1152.jpg

■サッソ カヴェオーゾ(Sasso Caveoso)
この写真の向こう側に、サッソ カヴェオーゾがあり、
このアップダウンは雨で濡れてさらに足場が悪いな、と想像しながら歩を進める。
冬の南イタリアで、平日さらに雨。シーズンオフの最果てだけに
ほとんど観光客には会わず、返って気軽なもんだった。

しばらく町を練り歩き、美術館などに入っているとそろそろ日が暮れ始めてきた。

   IMG_1196.jpg

現在は、7割の洞窟住居に人が戻ってきているらしい。
世界遺産になってからというもの観光客で潤ったらしい。

不思議なもんで、かつて忌み嫌われた貧しさの象徴が、今や観光の目玉か・・・。
住んでる人たちは、経済的にはラッキーなのかもしれないけど、どんなもんだろうな。

なんだかちょっと、貧しい生活を観光っていう理由だけで覗きにきたような
そんなバツの悪い気持ちになっていた。

そうこうするうちに、ちょいとばかり街灯がつき始めた。
さて、いよいよ町を一番高いところから眺められるスポットへ。
 
   IMG_1205.jpg

■洞窟教会(Madonna de Idris)

この教会はなんと、洞窟でできている・・・。
石灰質の崖のてっぺんに横穴を掘って教会にしたような作り。
この日は、中に入る事はできなかったけど、この建物を見た後、振り返ると・・・

IMG_1208.jpg


  きれいだった。

    ヴェネツィアやフィレンツェとは違う美しさの
    正体が何かは、こりゃわからんなと思った。
    


人気ブログランキングへ 世の中、何がどう転ぶのかわからんもんです。
 観光本にもあまり出てこないこういう町が、実はイタリアの隠れた魅力。

tag : マテーラ matera イタリア観光 バジリカータ プーリア サッソ サッシ 世界遺産

#119 ピーチ姫。そういうことか。

2/14バレンタインデー

           hato.jpg

ようやくこの日でユーは、ここでの仕事を終えて、
暴力から離れる事ができることとなった。

この長くツライ数ヶ月間に幕がおりる今、新しい期待や希望が少しでもあれば何より。
依然として自信喪失中ですが、少しずつ元気を取戻している気もする。
しばらくフィレンツェで休息をするとの事で、ユースホステル暮らしになるようです。


さて、僕はというと・・・

 「僕はここを出ます。迷惑をかけてすいません。」

 「わかった。なんとなく想像してたよ。」

 「すいません・・・。」

という数日前の会話の後の昼休みに#118の記事を書いたのですが、
夜になってお店にいくと

 「やっぱり君がいないと難しいよ。
  だから、少なくとも次の人が来るまではいてくれないか?」

 「・・・。はい。わかりました。」

僕は自分でもわかるほど、深く大きくうなずいた。
ずっと悩んでいた。迷っていたのではなくて悩んでいた。

たとえ考え方の違いがあったとしても、やっぱり世話になった恩がある。
だから、こういう形で出るのはずっと嫌だと思っていた。
もともとシーズンの夏が終わるまでが約束だったし、
紹介してくれた前任者の顔に泥も塗りたくなかった。
逆に求められたことで助かったような気もしていた。

ユーが心配なのは変わらないけど、
暴力から離れても、悪化するようならすぐに駆けつける。
だから、僕は独りでしばらくここに残る事にしようと思った。

     ハート


また、ユーは最後に先輩に特に何も文句を言わずにここを去る事にした。
僕は、思ってきた事なんかをぶつけた方が、振り返った時にいいかと思ったけど、
1秒でも関わっていたくないと言っていたので、それに従う事にした。

そうすると、その先輩へは
「自分のミスが多くて迷惑をかけました。暴力も自分のせいです。すいませんでした。」
という話になる。
僕は、その先輩に「度が過ぎていた。とても許せるもんじゃない。」と伝えたけど、
力のない奴はこの世界ではやっていけないし、
暴力は当然という考え方なので、いつまでも平行線だった。

そうすると、先輩から見たら、
「ユーはイタリアに残りたい。
 まじろうは、病気のユーがイタリアに残るのが心配だから、店を出るといっている。」

という料理の仕事を舐めた仲良しグループの脱サラコックみたいに見えるわけです。
そして、イタリアに残りたいという“わがまま”なユーはもちろん、
それをかばい続ける”甘すぎる“僕にもいらだっている。

また、オーナーたちは、
「ユーはイタリアに残りたい。
 まじろうは、病気のユーがイタリアに残るのが心配だから、
 そして、先輩が許せないから、店を出るといっている。」

コックの世界は厳しいんだよ、仕事ができなければ暴力も発生する。
そんな自業自得なユーをいつもかばうまじろうは一体何を考えてるんだと。
かわいそうなところはあるけど、次の夏までの約束じゃないか、と見えるわけです。

立場わる~い(・ε・)


と、いうわけで、次の人が来るまで、僕はここを離れる事ができません。
ユーは、僕が後始末していくことに申し訳なさと情けなさを感じていたので、

「俺様は大丈夫だブタヤロー」と申し上げておきました。(美談)


・・・。


いやいやいやいや、ムリ、無理!!
美談じゃないから。

なんか立場わるくなってるもんよ。
いままでいい関係だったから、よけいに気まずいよ!!

どうするんだ、カッコつけちゃったよ!
無期限、延長戦ってどうすんだー!!


!?


僕はこのとき、ある人の事を思い出した。


 ピーチ姫。
      まりお
  つらかったんだなぁ。

    あいつは、よく我慢してたんだなぁ。





というわけで、これからは今までと少し違うタフな戦いが
始まりそうですブタヤロー(^_-)



人気ブログランキングへ 居残り。。とにかく、脱出成功!?
 これにて最近のシリアスなお話は終わり!(^_-)さてさて次は?

#118 集結。

          ha-bu.jpg
2/10(水) AM11:00

「僕はここを出ます。迷惑をかけてすいません。」

「わかった。なんとなく想像してたよ。」

「すいません・・・。」



本日、つい4時間ほど前の出来事。
実に短い会話だったが、これで一連の問題が終結した。

まだ頭が整理できていない。
少なからずショックが残っていた。


コーヒーブレイク。

  日曜日よりの使者

 「日曜日よりの使者」
    (作詞・作曲:甲本ヒロト / 編曲:THE HIGH-LOWS/1995年)

      このまま どこか遠く 連れてってくれないか
      君は 君こそは 日曜日よりの使者

      たとえば 世界中が どしゃ降りの雨だろうと
      ゲラゲラ 笑える 日曜日よりの使者

      きのうの夜に飲んだ グラスに飛び込んで
      浮き輪を浮かべた 日曜日よりの使者

      適当な嘘をついて その場を切り抜けて
      誰一人 傷つけない 日曜日よりの使者

      流れ星が たどり着いたのは
      悲しみが沈む 西の空

      そして東から昇ってくるものを
      迎えに行くんだろ 日曜日よりの使者

      このまま どこか遠く 連れてってくれないか
      君は 君こそは 日曜日よりの使者

      たとえばこの街が 僕を欲しがっても
      今すぐ出かけよう 日曜日よりの使者

      流れ星が たどり着いたのは
      悲しみが沈む 西の空

      そして東から昇ってくるものを
      迎えに行くんだろ 日曜日よりの使者



日本に帰る少し前に、入手して最近よく聴く歌。
土砂降りだろうと。ってね。

ボーカルのヒロトが、自殺を考えるほど落ち込んでいた時に、
たまたまテレビについていた「ダウンタウン ごっつええ感じ」を見て
思わず笑ってしまって、
こんだけ笑えるんだったら、まだ生きていけると思ったという噂。
だから、「日曜日よりの使者」(^_-)


YOUTUBE↓
 (http://www.youtube.com/watch?v=TdFyNWjWCzE


人気ブログランキングへ 「人を泣かせるのは簡単だけど、笑わせるのは難しい。」
 と、ある哲学家の幸福論にありました(・ε・) なるほどー。

ノンフィクション

ノンフィクション ドキュメンタリー番組
「若毛のイタリや」


この「若毛のイタリや」では、僕の目線で見た世界が描かれています。
それは決して客観的で正しい世界ではないかもしれません。
ただ、それが現在28歳の僕なんです。

おそらく、いつか将来にこのブログを見直した時に、何もわかってないなぁなんて
思うんでしょう。それが成長というものかもしれないですね。

今回、仲間が暴力によって少しずつ壊れていく様を、僕は克明に描写し続けています。
暗い記事が続いた事もあり、読んでいて楽しいものではなかったかと思います。

そしてそれは、暴力を受けた当の本人は言うまでもありません。
自分にとって恥ずかしい事やかっこわるい事が記事になっていく。
ありのままを綴っていくということは、僕たちにとって大きなプレッシャーなのです。
もし、僕がその立場になっても、このブログで描いていく事でしょう。



実はパートナーへのダメージを心配して記事にするのを躊躇したため、
今回の件はリアルタイムではなかったわけです。

僕はある日、暴力事件を記事にする事を本人に聞いてみました。
彼は、記事にするのが僕らの、“らしさ”だと言いました。

ゴキゲンな記事が描きたければ、ゴキゲンな生活をする。
逆にやる気のない生活をすれば、やる気のない記事ができあがる。
プレッシャーになる反面、このブログは僕たちのモチベーションにもなる。




ちょうど1年と少し前、このブログを始める時。
当時まだサラリーマンだった僕は、若手社員の中に“あきらめ”のようなムードが
広がっていると感じていました。
「今のままではだめだ」「何かしないと」「自分らしくやりたい」という想いと
「どうせうまくいかない」「失敗したらどうしよう」「何がやりたいんだろう」
という想いが葛藤して、一歩が出せないという話をよく聞きました。

普通、起業をテーマにしたブログや書籍は、成功者の体験記です。
けれど僕たちは、まだ何ひとつとして成功していません。
しかし、一歩目を出す部分だけは誰よりもリアルに伝えられるはず。

読んだ人が、何かの行動を起こす一歩目になるようなブログ。
それは起業に限らず、ヨガ教室や料理や犬の散歩でもいい。
そんなブログになれば、うれしいです。


       2010年2月9日 
    イタリアの自宅より  まじろう


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#117 すれ違い。

            すぷーん

2/6(土)

この日、僕たちは、
オーナー、シェフ、ユーと僕の4人で話し合いを持った。


僕は、仕事が終わってから話そうと言ったのだけど、
まかないが始まる前に呼ばれ、その場で話すことになった。


まず、最初にユーが受けた暴力の話をオーナーは聞いた。
ユーの話がひとしきりし終わると、僕がこの前に聞いたような調理現場で
問題となっているユーの仕事についてオーナーとシェフが話をした。
そして最後に、ここを離れなければいけないと言った。

ユーは黙ってそれにうなずいた。

            mikann.jpg
一方、僕は1つ気になっていたことがあった。
「暴力をふるう側について、どう思っているのか。」
前に話した時には、それについては一切触れていなかったから。


 「ユーは、ここを離れなければいけない」

暴力から離れなければいけない。ユーの健康が最優先だ。
その意味で、僕もオーナーと同意見ではあった。

しかし、彼らが従業員の健康を一番に考えて出した答えなのか
ただ、安易な解決策として出した答えなのかでは、まったく違う。



 「暴力を振るった先輩についてはどう思う?」

僕は、とにかくストレートに聞くことにした。

 「暴力は絶対だめ。けどもそれは厨房がうまく機能してないから起こった事で
  料理の世界では、うまくできなければ先生に怒られるのは
  昔からよくあるわ(暴力のこと)。軍隊みたいなところがあるの。」


意外な答えだった。
それは、仕事ができない方に原因があると言っているように聞こえた。
日本でもイタリアでも厨房の暴力はずいぶん減ったと聞いているけど
この感覚自体は料理の世界では、依然として残っているのか。
少なくとも、彼らの中には・・・。

     僕は、これで決心がついた。

            jamu.gif

僕は、今の精神的に不安定なユーを独りで行かせるのが心配だったし、
かといってこのまま帰国するのも本人の意地がそれを許さない。
また、先輩のした事は決して許せるものではなく、
信頼できない人と仕事を続けたくはない。

僕もここを出る。

そう決めていたけど、このお店の人には入院や祖父の逝去の際にお世話になった。
だから恩もあれば義理もあるのは確かで、迷惑のかかる事はしたくなかった。
ここのところ、それに悩んでいた。迷っていたのではなくて悩んでいた。


 「僕もここを出る事にします。
  ユーの事が心配だし、
  もうあの先輩とはやってきたくない。」


変にごまかす事なく、全て本心なのでそのまま伝えた。
オーナーたちは、驚いた表情から困った顔になり、少し時間が経ってから言った。

 「ユーは、料理の基礎もできていないし、ちょっと病んでいるところもある。
  だから日本に帰って料理学校に行った方がいい。
  語学力も考えると、今のままではイタリアでは通用しないし、また同じ事になる。」


オーナーがそう言った。
  
 「ユーが日本へ帰ったら、ユーの心配はしなくていいでしょう?」
  そして、ユーがいなくなったら厨房がうまく機能するし、
  今まであなたが暴力を振るわれた事がなかったように、問題はなくなるわ。
  あなたが、ここを出て行く理由はないでしょ?」


今度はシェフがそう言った。

論理的には正しいことを言っている。けど僕はおかしいと感じた。
たしかに実力がものを言う世界だけに、厳しい部分は必ずある。

けれど、八つ当たりや嫌がらせを何度も繰り返し暴力をふりつづけた人は、
全く問題視されていない。それどころか、その人の方が被害者のように聞こえる。

そして友人が、隣で虐げられるのを見続けてきた僕の気持ちもまた、見ていない。
これはお国柄の違いなんかじゃないんじゃないか?
外国人の使用人に問題を起こされたくないだけなのか?
もしかしたら・・・もっと・・・


   まいったな。
     こんな気持ちにはなりたくなかった。



そしてもう一度、出て行くと言った僕に、もう1週間考えてくれと言った。
そしてユーには、急がなくていいから出て行く日が決まったら伝えてくれと言った。



人気ブログランキングへ ・・・。なんていうか。
 うまくいえないけど、少なからずショックだった。

#116 ははは。

    IMG_1106.jpg
               (ぼくらの家の前の広場。五月広場という。)

   「だから、
      たいしたことじゃねえよ」

        「・・・。」



2/6(金)

その日はお店に、ローマの税関から僕宛の手紙が届いた。

年明け早々に、僕の実家のみんなが仕送りをしてくれていたのだけど、
それが税関にひっかかってかれこれ1ヶ月近く届いていなかったのだ。
日本食材やら服やら色々と探して詰めてくれたと聞いている。

それがどうやら、お店が日本食材を輸入したと勘違いして税関でストップ。。。
問い合わせるのも厳しいなぁと困っていたところで、
オーナーが助けてくれた。

税関へ手紙を書いてくれた上に、難しいイタリア語の書類も代わりに書いてくれた。
思い返せば、色々といつも助けてくれていた。

突然、目が見えなくなって入院した時も、何度も病室に足を運んでくれた。
祖父が急逝した時も、無理言って休ませてくれたし、空港まで送ってくれたり、
僕の家族のためにワインやお菓子まで持たせてくれた。


その一方で、今回の暴力事件では、
ユー独りを外すことで解決させようとしているんじゃないかと
僕は、事なかれ主義のようなちょっとした不信感を感じているのも事実。


   どうしたもんかなこりゃ。



    IMG_1107.jpg
        (僕らの家のキッチン。というよりガレージ。掃除しましょう)

 そんな葛藤が頭をぐるぐる回りながら、
 重い気持ちだけがずっと居座ってるわけですが、
 もちろんユーには、店を出ないといけないことは1週間前に伝えました。


 僕:「なぁ、あんま気にすんなよ。たいした事じゃねえよ。」

 ユー:「すまない。 ・・・結局、うまくいかなかった。」
肩をがっくり落とし、力なく細くそれだけ言った。

 僕:「お前ひとりが負けたんじゃない。俺たちが負けたんだ。
    どんなに大きな負けだって、これから俺たちが重ねてくいっぱいの負けの、
    たった1つでしかないじゃんかよ。
    だから、たいした事じゃねえよ。」


 ユー:「・・・。」

左目の周りにはまだ青いアザが残り、少し痩せてもともと大きな目がより強調されていた。
黙ってうなずくだけだったけど、その目はうっすらと潤んでいたように見えた。


 僕:「・・・よく ・・・がんばったな。

 ユー:「・・・あ ・・・ありがと ・・・う。」


最後は消えるような細くて小さい声でつぶやいた。
その声は細かく震えていて、僕はもうこらえられなかった。



オーナーとシェフと僕の三人で話してから明日で一週間が経つ。

彼らには恩もあれば義理もある。
だから僕だけでも残るのがスジってもんでしょうが、
今のユーを独りにすることはできない。

後ろ髪をひかれる想いがないといえばウソになるし、
いままで世話になった人たちに申し訳ない気持ちもある。
けれど、ユーを最優先するという僕の決断は最初から変わらなかった。



最初から答えは決まっているのに、どうして1週間待ったのか?

次の家や仕事、少なくとも家を探す必要があったのです。
だから、時間が欲しかった。
いや時間よりも屋根が。欲しかった。というか要る。冬だし。
 (ちなみに本日2/7現在、屋根未解決)



 「ユー、明日4人で話すぞ。まだ次の家はないけどな。はっはっは。」

 「家がないくせになんか余裕だよなぁ。」
 
 「あ? ああ なんか慣れた。
  どうなるかわかんないのも刺激的でいいじゃんか。
  そういうの、いける口だろ?」

 「ははは。そうだなぁ、いけるいける」


小さかったけど、久しぶりにユーの顔に笑顔が戻った。

もっと笑えコラー!(笑)


人気ブログランキングへ 「家、ないなんて言えないわ♪」
 あかん。全然あかん。これじゃ笑えへんな。

#115 告白

      らるこ


    僕はそれが絶対に許せない。

         ・・・ふたりはどう思う?」



1/29(金)夜

その日、夜のまかないを食べるその少し前のこと。
オーナーとその妻であるシェフを呼び、僕らは3人で話をした。

  「ここ2ヶ月、ユーはずっと先輩から暴力を受けている。
   厨房でも家でもいつも。毎日。
   最初は、何度も同じミスをした時だけだったけど、今では・・・
   何にもなくても八つ当たりで殴る、蹴るが続いている。
   僕はそれが絶対に許せない。
   ふたりはどう思う?」


けっして流暢ではないイタリア語だけれども、僕はそう伝えた。

  「それは本当なの?私は見たことないわ?あなたが入院した後のこと?」
イタリア人らしく驚きを隠すことなくそう言った。

  「そう。人がいるところでは決して見せないけど、ユーは体中にアザがある。
   目の周りが青くアザになってたのはみてるでしょ?あれもそう。」


  「はずかしい。この厨房でそんなことが起こってるなんて問題だわ。
   確かにユーは料理の基礎ができてないし、イタリア語もよくないわ。
   けど暴力は汚いわ。信じられない。」



僕は実情を細かく話し、いくつかの会話の後、
いままで黙っていたオーナーが口を開いた。

  「わかった。やっぱりユーはここを辞めなければいけない。
   暴力はよくない。ここから離れた方がいい。」


少しの沈黙が僕らの間を流れた。


  「それから君は、ユーと一緒に行きたいの?
   私達は、君には残ってほしいと思っている。
   ただ君とユーはずっと一緒にやってきたのだろうし君の人生だから、
   それは君が決めていい。そして1週間以内に答えを聞かせてくれ。
   その後で、みんなで話そう。」


  「・・・ わかりました。」



     1038086.jpg 

その後も当然仕事は続くわけですが、不思議なくらい冷静な気持ちでした。
そしていろんなことが頭をめぐっていきました。


  そういえば、暴力を振るう人については、何も触れてなかったなー。

  ユーのことはきちんと考えてくれたのかなー。

  僕らは外国人の使用人なんだよなー。しかもヨーロッパは契約社会だし、
  仕事以外のプライベートには踏み込まないのが普通なのかも。

  やっぱり海外は、Yes No がはっきりしてるんだなー。


僕も結論としては、ユーがここを離れることが最優先だと思っている。
けど、一連の事件に関して、暴力をふるう人についての
話が全くなかったことがひっかかっていた。

ユーがいなくなるだけで、この問題は解決すると思っているのかも。
僕はそんな風にも思ったんだけど、これが文化の違いによるものなのかどうなのか、
ちょっとよくわからなかった。

      IMG_0684.jpg

帰り道、独りになる時間があった。
共同生活なので、なかなかそういう時間はない。
月が明るくて、風もなく、人も歩いてないからすごく静かないつもの道で

ため息を1つついたら、
なんだかどっと疲れた気がした。


人気ブログランキングへ 会話も気持ちも、すべて今、現実に起こっていること。
 シリアスな話が続いて申し訳ないです。

#114 何が起業だ!

「お前が帰ってきただけで全然気持ちが違うんだ。
  昨日までは、本当に・・・ 
   もう・・・ 無理かなって・・・。」

  「・・・そうか。 ・・・なら決まりだ。」



1月末日 日本から再びイタリアへ戻った夜

一連の訃報による緊急帰国からイタリアに戻ってきたばかりの僕の前で、
両目のまわりに青あざを作ったキョンシーみたいな僕のパートナーが
力なくそう言った。

「僕がいなかった間、気持ちは大丈夫だったか?」

僕が聞いたのはこれだった。
日本にいる間ずっと心配していた。
僕の不在は、ユーにとっての仕事を広げるチャンスでもあるとともに
暴力の激化の可能性を十分に秘めていたからだ。

ところが悪い想像の方が当たってしまった。
包丁でコックスーツをきられたり、
木べらで額を殴られ血が噴き出したり
トイレに行かせない、そして暴行は1日100発を超すほど多かったらしい。
想像以上に最悪なところまで来ていた。


許せない。


そして僕が、日本からイタリアへ帰るまでに決めたのは、
“ユーの心にとって、取り返しがつかないことだけは避ける”
ということだった。



「二人で行ってる意味がないやろ!
 仲間1人守れないで、なにが起業だ!」



僕は日本で博士(一馬)に怒られた。
友達思いのあいつは目に涙を溜めながら僕を責めた。

もちろん、ユーがやるって言ってる以上、僕がタオルを投げられないのも
そこまでしてもやり遂げたいっていう僕ら2人の想いも全て
わかった上でのセリフだった。
僕には返す言葉がなかった。

ユーがギブアップするまでやらせた方がいいとか、
店を変えるべきだとか、1人だけ帰国させろとか
その方が後々しこりがのこるとか・・・

僕らの仲間からはいろんな意見が出たけど、
僕は、ユーのメンタルを最優先することに決めた。
だって、自分の心が壊れるまであいつは諦めない気がするから。


「パートナーがやっとの思いで見つけた仕事と家だから、しがみついてでも離さない」
この想いだけでやり遂げてきた、あいつの仕事はカッコいい。
いままでいくら気にしなくてもいいといっても、ユーはここにこだわってきた。
仕事を見つけてきた僕に対して、恩のようなものを感じていた。


「今回感じた悔しさは次の仕事で返そう。もう終わりにしていいだろ?」
“終わり”  もちろんタオルを投げていいかという意味で。
もうずいぶん厳しいところまで、メンタルがきていると確信したから。


「今の店で十分に自分の弱点がわかったんだから、それだけでも儲けもんだ。
 次ぎに活かせれば、このくだらない環境にこだわる必要なんてない。」


「・・・あ  ・・・りがと ・・・う。」

「気にすんな。」



近いうちに、僕はオーナーとシェフと先輩に全てを話す。
もともとクビの話もあるユーだから、こいつだけクビにして解決させようとするなら、
そんな仕事場なんてこっちから願い下げだ!

僕たちは一蓮托生。僕のクビも乗っけてやる。
冬のイタリアで、家と仕事をなくすのはきついし、
また放浪生活にもどってしまう。

でも、仕事や家より、大事なものがある。


イタリアへ帰国した最初の夜に僕の腹は完全に決まった。
いざ、勝負!

人気ブログランキングへ これは1/26のお話です。
 現実はもう少し先まですすんでいます。
あっはっは!

majiro

Author:majiro

企画マン まじろー
(写真:右)
 このブログの執筆者
2009/2
 サラリーマン卒業!
2009/5
 フィレンツェでコック修行!
2009/9
 プーリアでコック修行!
2010/4
 ヨーロッパ旅行
 『世界の緑から』へ出発!
2010/5
  帰国。(東京→三重へ)

デザイナー  ユー
(写真:左)


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